会津旅行4 二日目(2009.10.25)

今回の会津旅行は、ずっと曇り空。
陽射しが強いのも疲れるけど、寒いのもちょっと体が強ばる感じで、シンドイです。
なので、とても快適な旅行日和(*^^*)
紅葉には、ほんの少し早かったけれど、各地で色づいていて、秋を感じました。

まず駅のコインロッカーに荷物を入れてから出発です。

こんなのあった(*^^*)
Aidu
町を歩いていたら見付けました。可愛い(*^^*)

ゆっくり歩いたことのなかった「大町通り(町方蔵しっく通りという愛称らしい)」を七日町方面へ。途中、「会津町方伝承館」で買い物をしたりしながらゆっくり散策。
七日町通りに突き当たったところで右に折れて少し行くと、「レオ氏郷南蛮館」があります。
ここの資料館は小さいながらも見応えがあります。
キリシタン大名だった蒲生氏郷(洗礼名:レオ)は、織田信長に才を見出され、信長の娘「冬姫」と結婚しました。信長死後、豊臣秀吉に仕え、数々の武勲を上げ会津の地を拝領しました。町の名を「若松」とし、鶴ヶ城を建築しました。お城の名は、氏郷の幼名「鶴千代」にちなんでいるそうです。茶の湯や和歌にも秀でていたそうで、40歳での死は無念だったと思います。

蒲生氏郷の辞世の句です。

限りあれば 吹かねど花は 散るものを 心短き 春の山風
(風など吹かなくても、花の一生には限りがあるので、いつかは散ってしまうのです。それを春の山風は何故こんなに短気に花を散らしてしまうのですか)

氏郷のお墓のある興徳寺に行きました。
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このお墓には遺髪が納められています。
京都の大徳寺黄梅院にあるお墓を発掘したところ、刀を抱いた状態で埋葬されていたことが判ったそうです。

キリシタン大名であった蒲生氏郷は、会津へも南蛮文化をもたらしました。
城下には教会(現在、天子神社となっているそう、今度行ってみたいです)が建てられ、家臣にもキリシタンが多かったそうです。
江戸時代に入ると、キリシタン弾圧が強化され、会津でもキリシタンが大勢処刑されました。処刑地へ向かう信者と家族が涙ながらに別れた場所は、現在「涙橋」と呼ばれています。処刑地には、キリシタン塚が建てられています。また各地にマリア観音が現存するそうです。
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大分疲れてきたので、少しお茶をすることにしました。
中央通りにあるコーヒーのチェーン店に入ったのですが、ふと気が付くとちょっと驚きが。
お店の中のお客さんのほとんどが、勉強中の学生さんでした。
皆、静かに真剣に勉強しています。お国柄なのでしょうか…とっても刺激されました。
私も頑張らなくちゃ!

さてそこからまた歩いてお城まで!途中「お酒の試飲」なんぞしながら(^^;)向かいました。
今回は天守閣には入らずにお庭の散歩だけでしたけど、やっぱりお城は綺麗だな~と思いました。勇壮だし、気高いし、とにかく美しい(*^^*)
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そうそう、お城にこんなもの発見↓(*^^*)
大河ドラマだ!
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会津は、直江兼続ゆかりの地でもあるんですよね(*^^*)

2日間だと本当にあっという間に終わってしまいますね。
もっといたかったな~会津。
会津大好きです(*^^*)

これに乗って帰ります。
Akabe
さよなら、会津、また行きますね~(^^)/

今回の自分へのお土産。
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やっぱりあかべえは可愛いなぁ~(*^^*)

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会津旅行4 料理旅館 田事

前々回の会津旅行の時に宿泊した「料理旅館 田事」に、今回も泊まりました。
Tagoto
広々した2階のお部屋、檜のお風呂、そして食べきれない程のお料理。
どれも大満足でした。
宿の方のお話も楽しく、ゆっくりすることができました(*^^*)

お夕飯
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食事は1階の囲炉裏端で。
このお料理の数々に、ご飯とお味噌汁が付きます。
最後の写真はお肉なのですが、その前でもうかなりお腹いっぱい(^^;)
柔らかくて、とても美味しかったのに、ついに食べ切れませんでした。残念(--;)

朝ご飯
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朝は定番のめっぱ飯です。今回は3人だったので、別々なものを注文し、3種類味わえました(*^^*)
左から、おかず、山菜めっぱ、鮭めっぱ、しらすめっぱです。
前の晩に注文を聞かれるのですが、夜のうちに仕込んでおくのだそうです。
炊きたてのふかふかご飯がとても美味しく、朝のお腹に優しかったです。
食後にはコーヒーが出ました(*^^*)

それにしても、たくさん食べました(ふ~)
3人とも体の厚みが増したところで、2日目出発です!

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会津旅行4 一日目(2009.10.24)

会津への旅も4度目です。
正確に言うと5度目ですが、遠~い昔の中学生の頃で(^^;)
白虎隊記念館に誠の袖章がある理由すらわかっていませんでした。

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会津磐梯山~磐越西線の車中から~

今回は母と妹との3人旅。なのでムリせずゆっくりと街中散策をしました。
定番の鶴ヶ城天守閣(お庭は散歩しました)、飯盛山、そして天寧寺の近藤さんの墓所もパスしました(^^;)
その分、自分の足で街中をたくさん歩いたので、会津の町により親しみを持てたような気がします。

まずは今回の一番の目的、小田山へ。
まちなか周遊バス「ハイカラさん」の会津風雅堂前停留所で下車し、歩いて行きました。
いざ登り始めようとした時、「クマに注意!」という注意書き発見!
どうやら、今年7月に小熊が目撃されたようなのです。
3人で散々躊躇したあげく、「でもっでもっ7月以来出てないワケだし、大きなニュースにもなってなかったし…」ということで、勇気を出して進むことに(^^;)
山登りする時には鈴鳴らすよね…となり、携帯の着メロを鳴らしながら(^^;)歩きました。
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小田山の登り口案内板
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西軍砲陣跡

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砲陣跡から見た鶴ヶ城です。約1,600M。
ここからお城に向かって、ひっきりなしに砲弾が撃ち込まれました(T_T)
当時の砲弾は、落下してから爆発するまでにほんの少し間があったそうで、城内の婦女子は、落ちてきた砲弾に濡らした布団等を被せて爆発を止めていたそうなのですが、タイミングもあり、布団もろとも吹き飛ばされて亡くなった方が大勢いたそうです。

本当はゆっくりと余韻に浸りたいところだったのですが、何せクマの恐怖があって(^^;)そそくさと降りてきてしまいました。できれば山頂まで登り、小田山城址や田中玄宰墓等にも行きたかったのですが、残念です。

さて次は善龍寺へ、少し遠回りながら表の道をてくてくと…(^^;)
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善龍寺山門
           
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西郷頼母の墓

西郷頼母さんは、先見の明があった方だと思うのですが、時局の流れには逆らえなかったのですね。
もし藩祖保科正之の「会津藩家訓十五か条」第一条、

「大君の儀、一心大切に忠勤を存ずべく、列国(諸藩)の例を以て自ら処(お)るべからず。若し二心を懐かば、即ちわが子孫にあらず。面々決して従うべからず。」
(会津藩たるは将軍家を守護すべき存在であり、藩主が裏切るようなことがあれば家臣は従ってはならない)

に逆らって、松平容保様が京都守護職拝命を拒否していたら…
あっ、そうしたら家臣が付いて来ませんね…歴史に「もし」はないのでした(T_T)

同じ善龍寺境内にあるなよたけの碑へ
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碑名は西郷頼母の妻千重子の辞世の歌
「なよ竹の風にまかする身ながらもたわまぬ節はありとこそ聞け」
から取ったものだそうです。
か弱い婦女子の心をたわまぬ竹の節になぞらえながら、会津婦女子の精神の強さをうたっています。碑には、戊辰戦争で散った233名の婦女子の名が刻まれているのですが、名が判っている…というだけで、実際はもっと多くの婦女子が命を落としました。
西郷家は、頼母の母律子、妻千恵子など家族9人と一族12人が戦いの足手纏いとならないようお城近くの自邸で自刃し果てました。

ここまで来て、お腹がすいていることに気が付き(^^;)
途中で見かけたうどんのチェーン店に入りました。ちょっとゆっくり(*^^*)

お腹も満足したところで、会津風雅堂からまたバスに乗り、飯盛山近くまで行きました。
次の目的地は、妙国寺です。ここは飯盛山で自刃した白虎隊士が仮埋葬された所です。
Myokokuji3 Myokokuji5 Myokokuji6 Myokokuji2 Myokokuji4
白虎隊の少年達は、自刃後数ヶ月放置された後、ここに葬られました。
少し見づらいのですが、「白虎隊士之霊」の上には「殉節」と刻まれています。
当時、いわゆる西軍は幕府軍の遺体を埋葬することを禁じていました。
たくさんの遺体が町中に放置されたままでした。
新選組三番隊長斎藤一さんのお墓のある阿弥陀寺に、多くの遺体が葬られています。
Amidaji1 Amidaji2
阿弥陀寺にあるお墓です。

ここで今日の予定終了!
七日町通りに戻って、お店をいくつか見て歩き、宿泊する「料理旅館 田事」に向かいました(*^^*)

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痕跡

あの日突然、稲妻のような衝撃と
そよ風のような優しさが
私の心を通り抜けていった
わけもわからずあとを追った
ひたすら走り、息を切らし
がむしゃらに探し求めた

人は皆、ほんの僅かの出会いでも
向かい合ったその人の
心の深い奥底に
小さな足跡を残していく
足跡は消えることなく
永遠の痕跡となる

どこまで追い続けるのか
いつまで探し求めるのか
いつの日か、私の心の足跡が
思い出という痕跡になった
これこそが終息というものなのだろうか
終息…なんという物哀しさ
この心の渇き

あの衝撃、あの優しさ
懐かしく強く、今も求め続ける

(1995年作)

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幸せを感じるとき(2009.9.1)

今日、ある友人に言われました。

「今この時が一番最高だと思って、幸せを感じながら感謝して過ごす」

・・・あ~、本当にそうだなって思いました。
今、この時、楽しいな、幸せだな・・・って感じているのなら、
その時を与えて貰っていることに感謝する。

毎朝、目覚めることが、ある意味奇跡なのですから。

人は、毎日死ぬのです。
そして、毎朝、新しい命をいただく。
その繰り返しです。

先々のことを考えても仕方ないのです。
今、この時を幸せに過ごさなくては!

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思うこと・・・(2009.8.23)

今回、失業期間は長いと踏んでいて・・・
じゃあ、その間に就活以外に何ができるか・・・と、考えています。

せっかくの長いお休みなのだから・・・今までやりたかったことを真剣に考えて、少しでもそれに近づくことができれば・・・と思っています。

ずっと思っていたこと・・・それは、物を書きたいということです。
童話講座には長いこと通っていて、本当はこれをメインにしたいんです。
でも・・・長いことOLだったから、それが体に染み付いていて、仕事がないということに、ものすごい不安を感じるんです。
それと、歌を歌いたいということです。
歌と童話の融合・・・それが夢です。

少しでも夢に近づくため、時間を見つけて、少しずつ物を書いていきます。

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退職・・・(2009.8.22)

8月末で、今の会社を辞めることになりました。
今年4月に会社が吸収合併されて・・・新しい会社でずっと頑張ろうと思っていたのですけど、どうにも考えられない理不尽なことが起きて・・・今までの会社では本当に有り得ないことで・・・
会社とちょっと戦って・・・
私、本来は戦うなんて出来ない性格だと自分では思っているのですけど、本当に頑張って、ドキドキしながら何度も「それはおかしい!」って訴えました。
それで・・・どうにも会社に居づらくなってしまいました。
今仕事を辞めるなんて、とっても無謀だということはわかっていましたし、実際、ハローワークの方にも辞めるのを止められました。
でも・・・居づらくなってしまったものはもう仕方ありません・・・
このままドキドキしながら居続けても、私には先がないということもわかった上で、退職を決めました。
再就職、かなり厳しいです。
でも・・・この世で起きる出来事はすべて、何かしら意味を持っていると思っていますし、私自身に起こることも、きっと意味があるはずです。
「人間万事塞翁が馬」・・・今は失業ということがとても重く私に圧し掛かっていますが、あとあとになって、あれは良かったことなのだと思える時が来るかも知れません。
本当に、物事は後になってみなければ、その意味はわからないのです。

焦らずに新天地を探そうと思っています。

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久し振りに…(2009.3.6)

ずっと何も書いていませんでした…
たまには旅行に行ったり、映画を見たり…いろいろしています。
色鉛筆画も習い始めました。

新しい会社にもやっと慣れてきたのに、来月1日に親会社に吸収合併されることになりました。
なので、仕事も変わります。また一からです。
…でも頑張りたいと思っています。
このお部屋にも、もっと記事を書こうと思っています。
これからも宜しくお願い致します。

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薔薇空間(2008.5.23)

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渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「薔薇空間」に行ってきました。

マリー・アントワネットやナポレオン妃ジョゼフィーヌに仕えた宮廷画家ピエール・ジョゼフ・ルドゥーテの銅版画169点、アルフレッド・パーソンズのリトグラフ、日本の二口善雄の水彩画、そして、齋門富士男の写真…

すべて薔薇。

何ヶ所かで薔薇の香りを楽しむこともでき、会場に流れる静かな音楽と共にとっても癒されました。

金曜日は21時まで開館しているので、ゆっくりと楽しむことができました。
興味のある方は是非どうぞ!(*^^*)

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日野のおまつり(2008.5.11)

「第11回ひの新選組まつり」に行ってきました。

一日目
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L.PRODUCTSさんの公演「新選組烈伝 残-zanshin-心」を拝見しました。(日野市民会館小ホール)
新選組六番隊隊長 井上源三郎 没後140年と銘打った公演。
心優しい源さんのほのかな恋、長州浪士の苦悩、敵討ち、ちょっと愉快な新選組隊士達…、盛りだくさんな内容が1時間40分にぎっしりと詰め込まれ、見応えのある作品でした。
L.PRODUCTSさんの公演を拝見し始めてからまだ日が浅いのですが、どの作品も内容に一捻りあって、それがとても心に残ります。
次回も期待しています(*^^*)

その後「土方歳三資料館」に行きました。
毎年5月に展示される土方さんの佩刀「和泉守兼定刀身」に加え、今回は土方さんが所持していた「大和守源秀国刀身」の展示もありました。繊細な(と私は思う)「兼定」が、何人もの命を吸い取っていったのかと思うと、その迫力に身がすくむ思いがしました。

二日目
日野・石田寺で行われる歳三忌法要に参列しました。
今年は140回忌だそうで、5月11日御命日のまさしくその日に行われる法要に参列することが出来て、ご焼香させて頂いた後、感動で胸がいっぱいになりました。

Omatsuri その後、ひの新選組まつりパレードを見に行きました。
これはもう、楽しいの一言です(*^^*)
昨日のL.PRODUCTSさんもパフォーマンス隊として参加されていて、それも嬉しくて、一緒に歩道を歩いてしまいました(^^;) 最後の閉会式まで見てから帰宅しました。

ひの新選組まつりに2日間とも行ったのは、今回が初めてです。
大好きな新選組にずっと浸ることができて楽しくて幸せでした。
また来年も行けるといいなぁ~
やっぱり私は新選組大好き!人間です。再認識しました(笑)

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ベルサイユのばら

会社の人に「ベルサイユのばら」原作本を貸しました。
彼女が「面白い!」と言いながら夢中で読んでいる姿を見て、
なぜだか私は無性に「宝塚のベルばら」が観たくなり、
2001年に上演された「ベルサイユのばら2001」のDVDを引張り出しました。

懐かしくて夢中で観ました。当時の気持ちが甦り、涙が出ました。
大好きだった宝塚・・・いろんなこと・・・楽しいことも悲しいことも嬉しいことも辛いことも、たくさんたくさんあったけど、今はすべて大切な思い出。

私はもともと宝塚ファンの「素質」充分で、途切れることなく大切に思う生徒さんがいたので、結局30年近くファンをしてました。
その間、一言では言えないくらい本当にいろいろなことがありました。
そして、楽しいこと嬉しいことよりも、悲しいこと辛いことの方が多くなってきた頃、初めて好きな生徒さんが途切れました。
そして、それ以来一度も生の宝塚の舞台は観ていません。
観てしまうと、「素質」充分な私は、また大切な人を見つけてしまうかも知れません。そのことがとても恐かったのです。
気楽に観ることができればどんなに幸せか・・・でもそうすることが出来ないくらい、ただひたすら悲しくて辛くて・・・恐かった。

長い間宝塚ファンでいたことを後悔したことは一度もないし、むしろファンでいたからこそ・・・と思えることの方が多いです。ファンでいたからこそ経験できたこともたくさんありました。

だから・・・そのことを、その間に感じたこと、経験したこと、笑ったこと、泣いたことをこれからずっと大切にしていきたいのです。
大事な思い出として、心にしまっておきたいのです。

「ベルサイユのばら」の舞台をDVDで久し振りに観て、
かつて思ったそんな気持ちが甦ってきて感慨無量でした。
宝塚ファンでいた長い長い時間、それは私の大事な大事な心の宝物です。

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一年(2008.4.4)

今日は父の命日でした。
あの日から1年が過ぎました。

今日ははちょっとだけ残業になってしまったけど、
その後、母と妹と日が変わるまで一緒にいました。
たわいもない話をしているだけでも、
とっても暖かい安心感がありました。

10年日記をいうものを書いています。
2冊目です。
1ページに10年分の同じ日の日記が書けるというものです。
ここ3ヶ月は、毎日昨年の日記を読み、1年前のことを思っていました。

ここ数年の私は、1年毎に大きな変化がありました。
来年はまたどうなっているか・・・今はわかりません。
あまり気負わず、毎日を楽しく生きていきたいです。

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お花見(2008.3.29)

母妹とお花見に行きました(*^^*)
今日が満開だとか・・・すごい人出でした~
河川敷にはたくさんの人が陣取り、河原で行われる催し物を楽しんでいました。
いろんなお店も出ていてとっても楽しかった~(*^^*)
近くには菜の花畑も!
良いお天気でとても気持ち良かったです。
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Hanami1Hanami3

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読書(*^^*)

転職して通勤時間が短縮されたこともあって、読書速度がちょっと遅くなってしまった(^^;)
基本的に電車の中で本を読むタイプなので・・・

で・・・今日、「まほろばの疾風」という本を読み終えました。
古代日本の東北地方を扱った作品。主人公は蝦夷の首長アテルイです。
アテルイという人はな~んとなく知ってはいたけれど、強い印象として残ったのは、かなり以前の大河ドラマ「炎立つ」の冒頭、アテルイの処刑シーンでした。
これは、このことによって、当時の東北、いわゆる蝦夷の故郷が大和朝廷に征服されたことの象徴だったのだと思います。
このシーンは妙に忘れられずに、ずっと私の心の中にありました。

何年か前に観たミュージカル「AKURO」。
この「AKURO」は、坂上田村麻呂伝説に出てくる悪路王をアテルイであるとした上で成り立つお話でした。
中央の力によって無理矢理征服される蝦夷の民。その民心の総意の中から生まれた英雄アテルイ。蝦夷の民の悲痛な叫び、苦しみが表現された素晴らしいミュージカルでした。

そして、「まほろばの疾風」。
とても面白くて、夢中で読みました。
アテルイが英雄になっていくまでの過程、蝦夷の民の生活、英雄でありながらも常に民のことを思い悩み、普通の人間としての弱さをも隠さないアテルイ。アテルイがとても身近に感じられました。そして、何の罪もない蝦夷の民が、中央政権に「征討」の名目のもと支配されていく矛盾が描かれている秀作だと思いました。

歴史は結局勝者によって語られていくものなのですね・・・
その結果、敗者は悪、罪びとと評価されてしまうのです。
それは古代に限らず、幕末もそして現代に至るまでも同じだと思います。
でもその矛盾はいつかは明るみに出る。今アテルイが英雄として評価されるのも、その一例ではないかと思っています。

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「疾走」・・・小説と映画

小説を読了し、映画をDVDで鑑賞しました。

こんなに悲しく短い人生があっていいのか・・・って・・・誰かとつながりたい、誰かと一緒に生きたい・・・そして自分自身を犠牲にして逝ってしまったシュウジが、新しい命と希望を残していった。
物語の語り部が誰なのか・・・最後に明かされた時は少し意外でしたが、この小説のテーマと一番深く繋がりがある人物・・・ということなのかな・・・と時間がたつにつれ納得できました。
シュウジは聖書の「ヨブ記」を何度も読んでいましたが、彼の心の叫びが「ヨブ記」によって客観的に表現されていて・・・ヨブとシュウジが重なりあって・・・
ラストは、あまりに辛くて胸が締め付けられそうでしたが、シュウジにとってはやっと繋がることができた大切な人への精一杯の思いを込めた行動だったのかな・・・と思います。

小説を読んでいる間は、まだ見てもいない手越くんのシュウジがイメージとして浮かんできて、あまりに激しく辛く苦しい内容に、不安が募る一方でした。
でも思い切って見ました。
シュウジは15歳ですが、映画を撮影していた当時の手越くんは17歳だったのですね。
彼は童顔なので、中学生としてまったく違和感はありませんでした。
この映画は、小説を読んでいないと、もしかしたらすぐには理解できないかも知れないと思いました。でもそれは自分が読んでから見たからなのであって、映画を最初に見たら、それなりに受け入れられるのかなとも思います。小説にある激しい部分は、直接表現されてはいませんでしたが、場面がないわけではないので、何かすごいことが起こったんだな・・・ということはわかります。ただ、シュウジが人を殺めてしまう理由付けとしてはちょっと弱くなってしまったかな・・・と思いました。
とっても淡々とした映画でした。でもその中にも、シュウジやエリ、神父様・・・出てくる人たちの悲しみや苦しみは強く表現されていました。
手越くんの演技については賛否両論あると思います。実際彼は、この映画が初めての演技体験だったそうです。ただ、ことシュウジに関しては、彼のたどたどしい台詞回しや、感情があまり表れない表情が、かえって効果的だったのではと思いました。監督のSABUさんが彼にラブコールを送ったのもわかるような気がします。それくらいシュウジは感情を心深くにしまいこんでしまうような少年でした。

この小説と映画に出会えたこと・・・とっても衝撃でしたけれど、とても良かったと思っています。
特典映像に入っていた手越くんの素の笑顔にはかなり救われました。あまりにシュウジが辛かったので・・・
そして、これからの手越くんが、良い作品にまた出会えるように・・・と心から願っています。

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