« 会津旅行 一日目(2005.10.29) | トップページ | あけましておめでとうございます(2006.1.1) »

会津旅行 二日目(2005.10.30)

会津一人旅、二日目です。
この日もお天気があまり良くなかたったので、レンタサイクルは諦め、ハイカラさん利用にしました。このバスは30分間隔で運行しています。昨日は行きたい方向の反対車線のバス停に立っていて、バスが通り過ぎてしまうというハプニング(というかドジ(^^;))を2回もしてしまったのですが、そういうことを気を付ければ、とても便利でした。
会津若松駅前8時が始発なのですが、8時半発に乗り、まず「院内」へ。ここには「松平家墓所」がありますkatamorikou3。第二代正経公から、第九代容保公までの墓所です。
   ここはバス停から少し入った所から参道が始まるのですが、ちょっとしたkatamorikou1山道といった感じで、かなりきつかったです。一応階段のようになっているのですけど、一段一段katamorikou2が高くて、しかも時々崩れていたりして…一番奥の方にある松平容保公のお墓に辿り着いた時は、足がガクガクしていました。容保公は神道で葬られているのですが、その戒名(というのでしょうか…)を知 った時、胸がきゅっとして思わず泣いてしまいました。「忠誠霊神」…容保公の生涯は、この名に凝縮されているのではないでしょうか。katamorikou4
容保公の墓所の前にじっと立っていたら雨が降ってきて、慌てて降りてきました。他に誰もいなかったので、薄曇りの中、山の中の広い墓所にいるのが、ちょっと恐くなってしまったのです。それぐらい静謐な墓域でした。
松平家墓所からほど近いところに「会津武家屋敷」があります。ここは中学生の時に訪れたことがあり、とっても印象に残っていました。幕末当時の家老屋敷の様子がとても良くわかるのですが、家老の西郷頼母一族の自刃の再現は、とても胸が痛みました。当時のトイレも…(^^;)上級武士はこんな所でも健康管理されてしまうのだなと…これはちょっとイヤかも…なんて思ってしまいました。sasaki                                   武家屋敷の中には、佐々木只三郎さんのお墓がありました。彼は鳥羽伏見の戦いで亡くなりましたけど、和歌山の紀三井寺にあったお墓が近年こちらに移されたそうです。


武家屋敷を後にしバス停2つ分歩き、もう一度近藤さんのお墓に行きました。
昨日行った時よりも、山道を登るのが楽に感じられました。でも…それにしても高い場所にありますけど…。土方さんは、近藤さんを見晴らしの良い高台に休ませたかったのでしょうね…
天寧寺は「奴郎ヶ前」というバス停にあります。ここからハイカラさんに乗り、飯盛山に行きました。松平家墓所にも、近藤さんのお墓にも、人が全然いなかったのに、ここは観光客で溢れていました。やはり会津若松といえば白虎隊なのですね。
byakko2 byakko1 byakko4byakko3
  自刃の地から鶴ヶ城を見ると、遙か遠くに小さく見えました。こんなに遠くては、城下の火事を落城と見誤っても仕方がなかったのかなと思いました。それでなくても疲れ切っていた隊士達なのですから…。自刃の地はとても狭かったです。こんな狭い場所で、白虎隊士達が次々と命を絶っていったのです。切なくなりました。
ここでは「白虎隊記念館」に入りました。白虎隊や新選組の史料がたくさんあり、見応えがありました。中学生の時は、ここに新選組の「袖章」がある意味がよくわかっていませんでした。でも今回は、じっとその「袖章」を見つめてしまいました。この地に確かに新選組がいたのだという、そんな証しを見続けていたい気持ちでした。
その後、「白虎隊伝承史学館」へ行きました。たくさんの史料が展示されていて見応えがありました。秋篠宮妃紀子様が会津藩士の子孫だということを、ここで初めて知りました。
この史学館のすぐ近くに「旧滝沢本陣」がありました。
土方さんはここで容保公に拝謁し、また白虎隊もここから出陣しました。建物内には弾痕や刀痕があちこちにあり、戦いの激しさを物語っていました。
takizawa2takizawa 
帰る時間のこともあり…そしてお昼ご飯も食べずに歩き廻っていたこともあり(^^;)ここで駅に戻ることにしました。
ホテルで荷物を受け取り、昨日の夕飯と同じ「一会庵」で地鶏丼とそばぜんざいをゆっくりといただきました。

これで私の会津一人旅は終わり。充実しすぎるくらいで満足な旅でした。会津若松に触れ、そして会津若松の歴史に触れ、会津の人たちの思いをたくさん感じながら、この地を後にしました。また来年訪れる予定にしています。次回こそはレンタサイクルで自由に廻ってみたいと思っています(*^^*)
aizu

|

« 会津旅行 一日目(2005.10.29) | トップページ | あけましておめでとうございます(2006.1.1) »

コメント

IOZ様、こんばんは

「蝉しぐれ」は、10数年前に舞台で観て、興味を持って小説を読みました。テレビドラマは見忘れてしまいました(--;)とっても残念です。「海坂藩研究所」ですか?面白そうですね。私も訪ねてみます。実は他の藤沢作品は読んだことがないのですが、この機会に読んでみようかなと思っています。

投稿: komarin | 2005/12/20 22:11

「蝉しぐれ」、海坂藩と懐かしい話題でまた書きたくなりました。
「三屋清左衛門残日録」「たそがれ清兵衛」「隠し剣鬼の爪」など映画,NHK時代劇で見ています。藤澤周平の小説は呼んだ記憶はありませんがこのような映像を通して見て好きな作品です。やはり「蝉しぐれ」が〔NHKTV版)が名作といって良く、主役の男優女優,ストーリーといい、心に残るドラマでした。
「海坂藩研究所」というサイトがあって、時々情報をみています。
鶴岡には先祖の墓がある寺や、住職を務めたお寺も現存するのですがこのサイトで位置関係をみたりします。
鶴岡には近くまでドライブしたことがありますが、ついぞいきそびれています。

投稿: IOZ | 2005/12/17 18:38

IOZ様

早速のコメントありがとうございました。
やっと書けました…
今回の会津旅行はたった2日間でしたのに、充実感と深い思いとで、なかなか書き始められませんでした。
IOZさんのご先祖様は庄内藩の方なのですね。話は違ってしまいますが、先日、藤沢周平の「蝉しぐれ」の映画を見ました。藤沢周平は庄内の出身で、小説に登場する「海坂藩」は庄内藩がモデルだとか…「蝉しぐれ」、とても好きなのです。不思議なご縁を感じます。
今月後半に函館を再訪します。寒い季節なのであまり歩き廻れないと思いますが、ゆっくりしてこようと思っています。

投稿: komarin | 2005/12/13 00:11

松平容保の墓が神道でまつられている、松平墓所のいわれ・・・沢山の写真などと、知らなかったことを、また教えていただきました。
昔、社員旅行で飯盛山、鶴ヶ城を訪ねたことがあります。白虎隊士の墓前の光景は鮮明に覚えいています。
はるか後年、松平会津藩の初代藩主保科正之の生い立ちを知るきっかけは信州高遠城に旅行したことでしたが、容保の京都守護職、戊辰の役の歴史などをひもといて自分の先祖が庄内藩士だったこともあって会津藩のことは気持ちの上では、とても親しく、会津びいきだと思っています。
自分のことを長々と書いてしまいましたが、ここの記事、写真がとてもすばらしく、感銘が深いものですから、思わず懐古的になるのでした。

投稿: IOZ | 2005/12/11 15:27

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/26364/7562491

この記事へのトラックバック一覧です: 会津旅行 二日目(2005.10.30):

« 会津旅行 一日目(2005.10.29) | トップページ | あけましておめでとうございます(2006.1.1) »