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会津旅行2 一日目(2006.9.17)

また行ってきました、会津若松!昨年は一人だったけど、今回は二人旅(*^^*)一人だと気楽で、それはそれで楽しいのですけど、二人だと、その場での感動をすぐに語り合えて、それもとっても楽しい(*^^*)

SaisenHome  磐越西線「会津若松」駅に到着。いよいよ会津の旅、始まりです。


Akabe 駅には会津のイメージキャラクター(?)「あかべえ」がいました。
昨年はいたかな~?覚えがないです…(^^;)



取り敢えず宿に向かいました。今回の宿泊は「料理旅館 田事」。
一人だと、ビジネスホテルになってしまうことが多いのですけど、今回は二人なので(*^^*)旅館にしました。荷物を預かっていただいて、いざ!出発っ!
Saitosan_1 七日町までてくてく歩いて、まずは阿弥陀寺にある「斉藤一」さんのお墓参り。「獅子の棲む国」(秋山香乃著)を読んで以来、身近に感じてしまう「藤田五郎」こと斉藤さん。この会津の地で静かに眠っています。
              OsankaiAmidaji1                                     この阿弥陀寺には「御三階」という建物があります。これはかつて鶴ヶ城にありまし た。外見は三階だけれど、中は四階になっているそうです。秘密の部屋ですね(^^;)国を、城を守るためには、このような秘密の場所で話し合わなければならないことが、何度もあったのでしょうね。

Nyoraido Nyoraido1さて…ここからは、昨年も四苦八苦した「如来堂」への徒歩での道のりです。あ~今回もかなりしんどかったです。他の方のブログで、歩いて行ける所ではないとの記事を読んでいたのに、まったく懲りない私です。途中「中野竹子奮戦の地」に立ち寄りながら、ひたすら歩きました。
この道の一番奥、遙か彼方の小さくこんもりした森のような所が「如来堂」所在地です。撮影場所は大通りを曲がっNyoraido3_1たところで、ここに着くまでにもう約2kmほど(七日町から)歩いているのです。歩けないことはないけれど、本当に遠いです(^^;)昨年の写真と比べると、緑が濃いです。会津新選組がここで壊滅したのは旧暦九月四日でしたから、実際は昨年くらいのちょっと紅葉した季節だったのですね(T_T)
とても疲れて、帰りは途中の「黒川」からバスに乗りました。そうしたら、七日町まであっという間で(当たり前(^^;))とっても楽でした~

Katamorikou  Katamorikou1この土日は、お天気模様がちょっと怪しかったので、一日目になるべく外の史跡に行ってしまおうということになり、次は、松平容保公の御廟所に行くことにしました。

ここは本当に登るのがキツイです。山道にちょっと石段を付けてみた…といった感じですし、一体どこまで続くのか…と途中で思ってしまうくらい長いです(^^;)
参道の途中にあるこの看板。昨年はなかったと思うのですけど…まだ真新しいですよね。訪れる人が増えたのでしょうか…昨年訪れた時は誰もいなくて、雨も降ってきて、ちょっと恐い感じの場所だったのですけれど、今回は一人ではなかったですし、他の観光の方もたくさんいらして…しんみりした雰囲気はまったくなかったですけど(^^;)、恐くはなかったです。今回は容保公の墓所よりさらに奥の松平家墓所まで行きましたが、平成に入ってから亡くなった方の墓碑もあり、この場所が今も松平家の方々の安らぎの場所なのだと、とても心に残りました。

さて、容保公や松平家の方々に別れを告げ、次は近藤さんのお墓に向かいます。御廟所から天寧寺までは近いので、歩いて行きました。ここもかなり登るのがしんどいのですけど、御廟所よりは楽勝です(^^;)  Kayanogonbei_1  Kayano3 Kayano
Kayano1Kayano2Nagamasa







今回は前回諦めた萱野権兵衛さんの墓所に行くことができました。「萱野権兵衛」さんの墓標がたくさんあって、この名前は世襲なんだな…と思いました。しかし、幕末の萱野さんの墓標には名前が刻まれていなくて(もしかしたら裏面にあったのかも)探すのが大変でしたけれど、亡くなった日付で判りました。会津藩のために身を捧げた方なのに、墓碑はとってもひっそりとしていて…一応罪を背負ったことになっているからなのか…と、悲しく淋しい気持ちになりました。萱野さんの御子息「郡長正」さんの墓標も近くにありました。最初変な思い込みがあって、ちょっと探すのに時間がかかってしまったのですけど、たまたま登っていらした地元の方にお聞きして自分の思い込みに気が付きました。どんな思い込みかは、あまりに恥ずかしくてちょっと書けません(^^;)Kondosan

Kondosan1_2 萱野父子の墓所からさらに登り、近藤さんの墓所へ。私達の前にも後にもお参りの方がいらして、落ち着いて佇むことができなかったのですけど、やはりここには近藤さんの魂が宿っているような…そんな気持ちがしました。盟友土方さんと並び立っている姿。近藤さんの隣に寄り添うように立っている土方さん。それがやはり一番自然な気がするのです。近藤さんを失った後の土方さんは、本来の姿を取り戻したように優しくなっていくのですが、実はとってもとっても淋しかったのでは…と、ここに立つと思わずにはいられません。

写真右は近藤勇さん辞世の碑です。

孤軍援絶作囚俘 顧念君恩涙更流一片丹衷能殉節 雎陽千古是吾儔靡他今日復何言 取義捨生吾所尊快受電光三尺剣 只将一死報君恩


孤軍たすけ絶えて俘囚となる。顧みて君恩を思えば涙さらに流る。一片の丹衷よく節に殉ず。雎陽千古これ吾がともがしら。他になびき今日また何をか言わん。義を取り生を捨つるは吾が尊ぶ所。快く受けん電光三尺の剣。只まさに一死をもって君恩に報いん。


さあ、今日はもう夕方になってしまいました。今日の宿「料理旅館 田事」に向かいました(*^^*)

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